SDGsにつながった「もったいない」の精神
(株式会社キミカ)

株式会社キミカ 代表取締役社長 笠原文善様

図らずも受賞したSDGsアワード

株式会社キミカ(以下、キミカ)は、南米・チリ国の海岸に漂着した海藻(ワカメや昆布)を利用し、食品や医薬品、化粧品などの品質改良剤として使われる「アルギン酸」を製造するメーカーです。具体的には、歯磨きの粘度、パンや麺のおいしさにつながる食感に寄与するなど、アルギン酸は、私たちの暮らしに必要不可欠といっても過言ではありません。

そんな同社は、競争力を高めて国内シェア9割以上を有するトップメーカーに成長するのみならず、環境負荷の低い独自製法を採用したり、事業を通じてチリの漁民の生活水準向上に貢献するなど、経済価値とともに環境価値、社会価値も実現してきました。そうした取り組みが国際的なロールモデルとして高く評価され、2020年12月には、日本政府が主催する「第4回ジャパンSDGsアワード」で特別賞を受賞。同社の笠原文善社長は「SDGsとは無縁の会社だと思っていただけに驚きました」と受賞当時を振り返ります。

「『SDGsアワード』に応募したのは、期限前日のギリギリのタイミングで、それも若手社員から『応募してはどうか』という提案を受けて重い腰を上げたというのが実情なんです。当社で製造するアルギン酸は、放っておいたら腐るだけの海藻を有効利用するだけでなく、アルギン酸抽出後の海藻残さも肥料や飼料として活用していて、『産業廃棄物を出さない』ビジネスモデルを構築してきました。『これはまさにSDGsだ』と気づいて慌てて応募した経緯だっただけに、受賞は僥倖でした。ただ、受賞後にあらためて社史を振り返ってみると、当社の歴史は図らずもSDGsの達成を目指す活動そのものだったと再認識しました」

事業活動、生態系、漁民の生活、すべてを大切に

キミカは、海藻の調達方法からアルギン酸の抽出方法、さらには製造時に出る海藻残さの処理まで、SDGsに則った方法を実践していることが高く評価されています。

例えば、原料となる海藻については、生態系の破壊につながるとされる『生きた海藻』を刈り取ることはせず、漂着海藻を人手で拾い集めることにこだわっています。また、大半を水分が占める海藻の乾燥には膨大なエネルギーを要しますが、キミカでは、現地のアタカマ砂漠の乾燥した気候を活かし、海岸で天日乾燥させた上で、大量に保管し、安定供給に備えています。

「今でこそ、こうした一連のシステムが機能していますが、チリに拠点を構えた当時、現地には『在庫』という概念がありませんでした。つまり、海藻が大量に漂着していれば海藻は必要な分だけが安値で取引され、漂着していなければ漁民は、成長途中の海藻を刈り取ってでも海藻調達会社に売りに行くわけです。悪天候で刈り取ることが不可能になると、漁民は生活のために、近くの鉱山に働きに出ることを余儀なくされていました。

そこで、当社は、現地の海藻調達会社に資本参加し、チリの漁民から安定的に海藻を買い取り、常に在庫を確保することに努めました。その結果、漁民の生活は徐々に安定し、今では、漁民の多くが町に立派な家を構え、子どもを大学に通わせるケースも珍しくありません」

と笠原社長は笑顔を見せます。

なお、チリにある同社の工場がある地域では、降雨量の減少による水不足が深刻化。これを受け、キミカでは工場の近隣に9つの飲料水タンクを設置し、近隣住民に無償で清潔な水を提供。ほかにも日本大使館と連携し、悪路でも問題なく走れる4WDの救急車や救助工作車を寄贈するなど、同社は地域貢献にも尽力しています。

チリ漁民による海藻回収風景

「もったいない」が出発点

サステナビリティに留意した同社の営みの出発点は、創業時まで遡ります。
1941年にキミカを創業した故・笠原文雄氏は、病気療養中の千葉県君津市で、海岸に漂着した海藻が朽ち果てていく光景を見て『もったいない。うまく利用できないか』と考え、独学で化学を学び、日本で初めてアルギン酸の工業生産に成功。このとき、アルギン酸を抽出する手法として『浮遊分離法』を考案しました。これは海藻抽出液をタンクに静置しておくだけでアルギン酸を分離するという経済的かつエコな方法で、キミカは今なおこの製法を採用しています。一方で、当時のライバル企業は、アルギン酸の製造に高価な大型機械と大量の化学薬品(ろ剤)を使用していました。

コスト競争力強化と環境負荷低減を同時に達成したキミカは、同業他社を抑え、日本唯一のアルギン酸メーカーとして生き残ることに成功しました。さらに、製造工程に沪過助剤を使用しなかったことが奏功し、アルギン酸抽出後の残さは良質な肥料として近隣農家で活用され、農作物の収穫向上につながっています。

そんな同社も、決して順風満帆だったわけではありません。笠原社長は語ります。

「私が27歳の時、創業者である父が亡くなりました。私は父の思いを継ごうと決心し、勤めていた製薬会社を退職し、当社で働き始めたのですが、エルニーニョ現象による海水温上昇の影響で海藻の安定調達が難しくなったほか、他国メーカーの低価格攻勢に遭い、会社は八方ふさがり。それでも諦めなかったのは『父が一生をかけて築いてきた会社を潰すわけにはいかない』という思いと、『弊社の製品を信頼し、購入し続けてくださっているお客様を裏切るわけにはいかない』という思いが強くあったからです。

会社の存続に向けて試行錯誤する中で、現地に根差した商売をしようと決意し、商社経由の仕入れをやめ、1988年にチリに拠点を構えました。この決断が、現地の海藻調達会社への資本参加につながり、在庫を保管するための巨大倉庫の建設につながり、ひいては漁民から継続的・安定的に買い取ることにつながっています」

千葉プラントアルギン第一工場

代替肉の品質アップにもアルギン酸

紆余曲折を経ながらも、オンリーワン企業に成長したキミカは、アルギン酸を活用した新たな取り組みも進めています。その一つである、『プラントベースミート(植物性代替肉)』について、笠原社長には次のように話します。

「家畜に飼料を与えて食肉を生産するというモデルは、CO₂を大量に排出しますし、生産効率も高いとは言えません。将来の環境問題や食糧問題を考慮し、持続可能な社会の実現に向けて、当社では大豆などを原料とした植物性代替肉の製造にも注力しています。アルギン酸は代替肉の『つなぎ』として使用され、畜肉と大差ない食感づくりに貢献しています」

キミカは2022年11月、千葉県富津市に、サステナビリティを意識した工夫を随所に施した新社屋を完成させました。具体的には、地域に開放している敷地内の緑地の肥料に海藻残さを活用し、空調は環境負荷を5割以上も減らせるシステムを採用するなどしています。

最後に、これからSDGsへの取り組みを考えている企業に向けたメッセージをいただきました。

「まずは社内の『もったいない』を探し、その部分を改善してみることから始めてみてはいかがでしょうか。当社の場合、創業時からの『もったいない』という精神を貫いたことが良い方向に作用し、競争力の強化や信頼の醸成につながったのです。売上額や組織の規模で世界一にはなれなくても、知恵と工夫次第で世界の『ベスト』にはなれるかもしれない。SDGsは、そんな可能性を秘めた取り組みだと思います」

会社概要

社名:株式会社キミカ
所在地:東京都中央区八重洲2-1-1 YANMAR TOKYO 5階
創業: 1941年
事業内容: アルギン酸, キトサンなどのマリンバイオポリマーならびにその応用製品の製造販売
代表取締役社長: 笠原文善
従業員数:207名
ホームページ:https://www.kimica.jp